公衆衛生学
社会全体の健康を守る科目
公衆衛生学は、個人だけでなく社会全体の健康を守るための知識を学ぶ科目です。 健康の概念、感染症の予防、生活習慣病対策、環境衛生など、調理師として知っておくべき 公衆衛生の基礎が問われます。配点は15%で、幅広い知識が求められます。
1公衆衛生の概念
公衆衛生とは
公衆衛生とは、社会全体の健康を維持・向上させるための組織的な取り組みです。 個人の努力だけでなく、行政機関や民間団体が協力して、誤った生活習慣や公害など 健康を阻害する要因を防ぎ、人々の健康を守ることを目的としています。
WHOの定義によると、公衆衛生は「地域社会の組織的な努力により疾病を予防し、 生命を延長し、肉体的・精神的健康と能率の増進をはかる科学であり技術である」 とされています。
公衆衛生活動の3段階
病気にならないようにする段階です。健康教育、予防接種、環境改善など、 発病そのものを防ぐ活動が含まれます。
病気を早期に発見し、重症化を防ぐ段階です。健康診断やスクリーニング検査、 早期治療などが該当します。
病気の悪化を防ぎ、機能を回復させる段階です。リハビリテーションや 社会復帰支援などが含まれます。
衛生行政の組織
日本の衛生行政は、国と地方公共団体が連携して実施しています。 主な行政機関とその役割を理解しておきましょう。
| 機関 | 主な役割 |
|---|---|
| 厚生労働省 | 国の公衆衛生行政の中心。政策立案、法律の制定 |
| 都道府県 | 広域的な保健サービス、保健所の設置・運営 |
| 保健所 | 地域保健の第一線機関。疾病予防、環境衛生、食品衛生など |
| 市町村保健センター | 住民に身近な保健サービス。健康相談、健康診査など |
国際的な公衆衛生機関
国際的な公衆衛生の中心機関。本部はスイスのジュネーブ。日本は1951年に加盟。
食料・農業問題を担当。栄養水準の向上、食料の増産に取り組む。
発展途上国の児童への福利厚生機関。
試験のポイント
- ・公衆衛生の定義(WHO)を覚える
- ・一次予防・二次予防・三次予防の違いを理解する
- ・保健所と市町村保健センターの役割の違いを押さえる
- ・WHOの本部所在地(ジュネーブ)を覚える
2健康の概念
健康の定義
WHO(世界保健機関)は1946年の憲章で健康を「単に病気や虚弱でないということではなく、 肉体的・精神的・社会的に完全に良好な状態である」と定義しています。 この定義は、健康を単なる病気の有無だけでなく、より広い視点で捉えることの重要性を示しています。
QOL(生活の質)
現代では、単に長生きすることよりも「生活の質(QOL:Quality of Life)」を 高めることが重要視されています。健康寿命(健康で自立した生活ができる期間)を 延ばすことが、公衆衛生の大きな目標となっています。
健康に影響を与える要因
有害物質、大気汚染、ストレスなど、私たちを取り巻く外的な要因です。
食習慣、運動習慣、飲酒習慣などの日常的な生活習慣に関わる要因です。
性別、年齢、血液型など、生まれながらに持つ個人の特性です。
プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)
1978年のアルマ・アタ宣言で提唱された概念です。「すべての人に健康を」を 基本理念とし、住民の主体性を重視した総合的な保健医療活動を推進します。
PHCの5原則
- ニーズ指向性のある活動
- 住民の主体的な活動
- 地域資源の有効利用
- 関連領域の協力・連携
- 適正技術の使用
ヘルスプロモーション
1986年のオタワ憲章で提唱された新しい健康観です。「人々が自らの健康をコントロールし、 改善することができるようにするプロセス」と定義され、生活の質の向上を最終的な 目的としています。個人の主体的な活動を促し、自己管理能力(エンパワーメント)の 向上を重視します。
試験のポイント
- ・WHOの健康の定義を正確に覚える
- ・健康に影響を与える3つの要因を理解する
- ・アルマ・アタ宣言(1978年)とオタワ憲章(1986年)の違い
- ・PHCの5原則を押さえる
3健康と疾病に関する統計
人口静態統計
特定の時点における人口集団の特性(年齢別、労働力など)を把握する統計です。 5年ごとに実施される国勢調査が代表的なものです。
老年人口(65歳以上)÷ 生産年齢人口(15〜64歳)×100
老年人口(65歳以上)÷ 年少人口(0〜14歳)×100
(年少人口+老年人口)÷ 生産年齢人口 ×100
人口動態統計
戸籍法に基づく出生届、死亡届、婚姻届、離婚届、死産届をもとに作成される 公衆衛生上の基礎資料です。毎年集計され、地域の人口動向を把握できます。
年間出生数 ÷ その年の人口 ×1,000(人口千対)
年間死亡数 ÷ その年の人口 ×1,000(人口千対)
年間乳児死亡数 ÷ 年間出生数 ×1,000(出生千対)。母体の健康水準の指標。
(妊娠満22週以後の死産数+早期新生児死亡数)÷ 出生数+妊娠満22週以後の死産数 ×1,000
平均寿命と健康寿命
平均寿命は0歳児の平均余命で、日本は世界でもトップクラスの長寿国です。 一方、健康寿命は心身ともに健康で活動できる年齢を示し、 2022年は男性72.57歳、女性75.45歳でした。平均寿命と健康寿命の差を 縮めることが重要な課題となっています。
疾病統計
調査日の有訴者数 ÷ 世帯人員 ×1,000。国民生活基礎調査で把握。
通院者数 ÷ 世帯人員 ×1,000。医療機関への通院状況を示す。
医療施設で受療した推計患者数 ÷ 推計人口 ×100,000。患者調査で把握。
試験のポイント
- ・人口静態統計と人口動態統計の違いを理解する
- ・各指数・各率の計算式を覚える
- ・乳児死亡率は「出生千対」、死亡率は「人口千対」
- ・平均寿命と健康寿命の違いを押さえる
4環境と健康
環境衛生とは
私たちの生活を取り巻く環境(空気、気温、湿度、水など)を衛生上良好なものにし、 感染症などの病気の予防や健康の保持増進のために改善することを環境衛生といいます。
室内の空気環境
呼吸により体内で生成され、空気の汚れの指標となります。 許容濃度は1,000ppm以下。室内の換気状態を示す指標として使われます。
無色・無臭の有害ガス。不完全燃焼で発生し、ヘモグロビンと結合して 酸素運搬を阻害します。許容濃度は10ppm以下。
粒径10μm以下の微小な粒子。肺や気管などに沈着して呼吸器に悪影響を与えます。
建材や家具から発生する化学物質。シックハウス症候群の原因物質の一つ。 許容濃度は0.1mg/m³(0.08ppm)以下。
室内の温度・湿度・気流
| 項目 | 基準値 |
|---|---|
| 室内の気温(努力目標) | 18℃以上28℃以下 |
| 相対湿度(努力目標) | 40%以上70%以下 |
| 室内の気流 | 0.5m/秒以下 |
| 快感帯温度 | 夏は25〜26℃、冬は18〜20℃ |
不快指数は温度と湿度から算出され、80以上になると誰もが不快に感じるとされています。
照明
調理作業面は平均150ルクス以上、盛り付けカウンターは500ルクス程度が理想的です。 労働安全衛生規則では、給食室の照度は150ルクス以上と定められています。
上下水道
水道法に基づく飲料水の供給施設。水質基準として遊離残留塩素0.1mg/L以上を保持することが 定められています。日本の水道普及率は98.2%です。
生活排水や雨水を処理する施設。「分流方式」(汚水と雨水を別々に処理)と 「合流方式」(一緒に処理)があります。
廃棄物処理
廃棄物は「一般廃棄物」と「産業廃棄物」に大別されます。 3R政策(Reduce:排出抑制、Reuse:再利用、Recycle:再資源化)が推進されています。
公害
環境基本法では、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭の 7種類を典型七公害として定めています。
四大公害病
| 公害病 | 発生源 | 原因物質 |
|---|---|---|
| 水俣病 | 工場排水 | メチル(有機)水銀 |
| イタイイタイ病 | 鉱山排水 | カドミウム |
| 四日市ぜんそく | 石油コンビナート | 二酸化硫黄(SO₂) |
| 新潟水俣病 | 工場排水 | メチル(有機)水銀 |
試験のポイント
- ・CO₂は空気の汚れの指標、許容濃度1,000ppm以下
- ・上水道の遊離残留塩素0.1mg/L以上
- ・四大公害病と原因物質の組み合わせを覚える
- ・3R政策の内容を理解する
5食生活の現状と健康づくり対策
食生活の現状
近年の日本人の栄養状態は平均的には良好ですが、個々に見ると飲食、食生活の乱れ、 運動不足等による健康・栄養状態の二極化が進んでいます。 また、メタボリックシンドロームも増加しており、生活習慣病対策が重要な課題となっています。
国民健康づくり運動の流れ
疾病予防・健康づくりを推進。プライマリー・ヘルス・ケアの概念のもと、 早期発見・早期治療(二次予防)を重視。
「アクティブ80ヘルスプラン」として運動習慣の普及を重視。 ヘルスプロモーションの概念を導入。
壮年期死亡の減少、健康寿命の延伸、生活の質の向上を目標に、 具体的な数値目標を設定して推進。
健康寿命の延伸と健康格差の縮小を基本目標に設定。
健康寿命の延伸と健康格差の縮小を継続。運動習慣者の割合の増加(40%目標)など 具体的な目標を設定。
特定健康診査・特定保健指導
平成20年4月から、高齢者の医療の確保に関する法律に基づき、40〜74歳の 被保険者・被扶養者に対して特定健康診査(特定健診)・特定保健指導が義務化されました。 メタボリックシンドロームの有病者・予備群を早期に発見し、保健指導を行うことで 生活習慣病を予防します。
生活習慣の課題
運動習慣のある人の割合は男性36.2%、女性28.6%程度。 健康日本21(第三次)では40%以上を目標としています。
喫煙は生活習慣病の大きなリスク要因。受動喫煙防止対策も推進されています。 健康日本21(第三次)では喫煙率12%を目標としています。
適正飲酒の推奨。生活習慣病のリスクを高める飲酒量は、 男性40g以上、女性20g以上(純アルコール換算)です。
試験のポイント
- ・健康日本21の各次の時期と特徴を覚える
- ・特定健康診査の対象年齢は40〜74歳
- ・アクティブ80ヘルスプラン=第2次国民健康づくり対策
- ・健康増進法は平成15年施行
6主な疾患の現状と予防対策
疾病の発生要因
色友病、色覚異常など
赤痢、結核、コレラ、エイズなど
高血圧、肥満、糖尿病など
水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病など
生活習慣病とは
生活習慣病とは、生活習慣のゆがみが長年蓄積して起こる疾病です。 がん、高血圧、糖尿病、肝硬変、動脈硬化症などがあります。 かつては「成人病」と呼ばれていましたが、予防の観点から「生活習慣病」という名称に変更されました。
主な生活習慣病
悪性新生物(がん)
日本人の死因第1位。部位別では、男性は肺がん、女性は大腸がんが最も多いです。 予防のためには、禁煙、バランスのとれた食事、適度な運動が重要です。
心疾患
死因第2位。主に虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)があります。 高血圧、高LDLコレステロール血症、喫煙が3大危険因子です。
脳血管疾患(脳卒中)
脳出血、脳梗塞、くも膜下出血などがあります。 高血圧、喫煙、高LDLコレステロール血症が危険因子です。
糖尿病
インスリンの作用不足により高血糖となる疾病。 空腹時血糖126mg/dL以上、またはHbA1c(ヘモグロビンA1c)6.5%以上で糖尿病と診断されます。 合併症として、網膜症、腎症、神経障害があります。
高血圧
収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上で高血圧と診断されます。 減塩、運動、肥満の防止などが予防対策として重要です。
メタボリックシンドローム
内臓脂肪型肥満に加えて、高血圧、高血糖、脂質異常のうち2つ以上を併せ持つ状態です。 診断基準は、腹囲が男性85cm以上、女性90cm以上で、かつ高TG血症・低HDL血症、 高血圧、高血糖のうち2つ以上に該当する場合です。
感染症
感染症の発生には、病原体(感染源)、感染経路、感受性のある宿主の3つの条件が必要です。 感染経路には、接触感染、飛沫感染、空気感染、媒介物感染などがあります。
試験のポイント
- ・日本人の死因順位(1位:悪性新生物、2位:心疾患、3位:老衰)
- ・糖尿病の診断基準(HbA1c 6.5%以上)
- ・メタボリックシンドロームの診断基準(腹囲など)
- ・高血圧の基準(140/90mmHg以上)
7保健・医療・福祉の制度の概要
母子保健
母子保健法に基づき、妊産婦と乳幼児の健康保持・増進を図るための事業が実施されています。
妊娠届を提出した者に市区町村から交付される。妊娠・出産・育児の一貫した記録。
妊婦健康診査、1歳6か月児健康診査、3歳児健康診査などが実施されます。
学校保健
学校保健安全法に基づき、児童生徒および職員の健康の保持増進を図るための事業が実施されています。
毎学年6月30日までに実施。身体計測、視力、歯科検査などを行います。
学校給食法に基づき実施。栄養バランスのとれた食事を提供し、食育を推進します。
高齢者保健
高齢者の医療の確保に関する法律に基づき、40〜74歳の被保険者に対して 特定健康診査・特定保健指導が義務付けられています。 また、介護保険法に基づく介護サービスも提供されています。
平成12年から開始。第1号被保険者(65歳以上)と第2号被保険者(40〜64歳)に分かれます。 要介護認定を受けることで介護サービスを利用できます。
産業保健(労働衛生)
労働基準法と労働安全衛生法に基づき、労働者の安全と健康を守り、 快適な職場環境の形成を促進します。
業務上の有害な環境条件によって引き起こされる疾病。 じん肺、熱中症、一酸化炭素中毒などがあります。
一般健康診断と特殊健康診断があり、労働安全衛生法で義務付けられています。
地域保健
地域保健法に基づき、住民に身近な保健サービスを提供します。 保健所と市町村保健センターが中心となって活動しています。
試験のポイント
- ・母子健康手帳は妊娠届を提出した市区町村から交付
- ・定期健康診断は毎学年6月30日までに実施
- ・介護保険の第1号被保険者は65歳以上
- ・労働安全衛生法は昭和47年施行
8健康増進や食生活の向上に関する法規
法の種類
国民主権、戦争放棄、基本的人権の尊重などを定めた国の最高法規
憲法に従って国会の議決で成立した法規(例:調理師法)
法律の規定を実施するために内閣が制定する法規(例:調理師法施行令)
各省庁大臣が制定する法規(例:調理師法施行規則)
地方公共団体の議会が制定する法規
調理師法
昭和33年に施行された、調理師の資格を定めた法律です。 調理師の名称を用いて調理の業務に従事できる者として都道府県知事の免許を受けた者をいいます。
- 調理師養成施設を卒業する
- 2年以上調理の実務経験を積み、調理師試験に合格する
調理師は名称独占資格であり、免許がなくても調理の仕事はできますが、 「調理師」と名乗ることはできません。
飲食店営業、魚介類販売業、そうざい製造業などでは調理師を置くよう努めなければなりません。
健康増進法
平成15年に施行。国民の健康の増進を総合的に推進するための法律です。 国民健康・栄養調査の実施、特定給食施設における栄養管理、受動喫煙防止などを規定しています。
食育基本法
平成17年に施行。国民が健全な心身を培い、豊かな人間性を育むための食育を推進する法律です。 食育推進基本計画を策定し、食育を国民運動として推進しています。
学校給食法
学校給食の普及充実と学校における食育の推進を目的とした法律です。 栄養教諭の配置や学校給食実施基準などを定めています。
感染症法
感染症の予防と流行への円滑な対応を可能とすることを目的とした法律です。 感染症を1類〜5類に分類し、それぞれに対応措置を定めています。
試験のポイント
- ・調理師法は昭和33年施行
- ・調理師は名称独占資格(業務独占ではない)
- ・健康増進法は平成15年施行
- ・食育基本法は平成17年施行
9調理師の業務と社会的役割
調理師制度の成立
調理師(または調理士)の制度を条例で設けたのは京都府が最初で、1950年(昭和25年)のことです。 その後、全国統一の制度を求める声が高まり、1958年(昭和33年)に調理師法が施行されました。 1997年の改正で、調理師養成のカリキュラムに「食文化概論」が追加され、 調理師の職務は食文化に大きなかかわりのあることが裏づけられました。
調理師の責務
調理師の資格は業務の独占ではなく名称の独占なので、調理現場で調理師以外の人が 調理の業務に従事しても差し支えないが、調理師と名乗ることは許されません。
専門料理は1回限りの客に最高の味わいを提供する嗜好優先の調理。 給食は特定の喫食者に継続的に食事を提供し、その人々の健康保持の責任を負うため栄養管理が必要。
寄宿舎、学校、病院等の給食施設および飲食店営業、魚介類販売業、そうざい製造業では 調理師を置くよう努めなければなりません(食品衛生法施行令)。
現在の調理師の役割
食物や調理に関して、より深い専門知識と技術を習得した調理師は、 国民の保健衛生上重要な役割をもつ専門技術者であることを自覚し、職務に従事しなければなりません。
外食・給食が食生活に果たす役割
| 分野 | 役割 |
|---|---|
| 健康管理 | 安全な食事の提供、健康の保持・増進 |
| 食生活面 | 食生活の多様化、簡便化への対応 |
| 食物教育 | 食物嗜好の育成、調理技術の教育、食生活情報の伝達 |
| 生活文化 | 文化の創造と伝承、生活空間の構築、食の未来の開発 |
調理技術の審査
調理技術審査制度は、調理師の資質の向上に資するため、昭和57年より 調理技術技能評価試験として実施されています。 技術審査は、学科試験および実技試験によって行われ、 実技試験は日本料理、西洋料理、麺料理、中国料理、すし料理、給食用特殊料理の うちから1科目選択して受験します。
試験のポイント
- ・調理師制度を最初に設けたのは京都府(1950年)
- ・調理師法は1958年(昭和33年)施行
- ・調理師は名称独占資格であり、業務独占ではない
- ・1997年の改正で「食文化概論」がカリキュラムに追加